少年バンシー

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 それから数日間のリハビリや経過観察を経て、私はついに退院の日を迎えることができた。ユキと一緒に自分の部屋に帰ると、たった二週間ほどしか経っていないはずなのに、ずいぶん懐かしい匂いがした。
 ユキはひと足先に玄関へと入っていって、くるりと振り返り、「おかえりなさい、セトさん」と言うので、私は「ただいま、ユキ」と返事をした。胸がじんわりと熱くなる。
 二度と戻ってはこられないと覚悟していたのだ。パソコンデスクの上に置かれた封をしたままの手紙は、生きて帰ってこられた実感をより強くさせた。
 そうだ、手紙といえば。いくつかのダイレクトメールに紛れてポストの中に入っていた、白い封筒を開封してみることにした。差出人は、遠野さんだ。
 中から出てきたのは、一枚の小さなメモと、以前貰ったものと同じ、ドーナツショップの無料チケットだった。
 メモには、「退院おめでとう! お祝いと、こないだのお詫びを兼ねて。ふたりで食べてね」と書かれている。彼女はほんとうに、何者なんだろう。尊敬を通り越して、畏敬の念すら芽生えそうだ。
「あした、遠野さんの職場に寄るついでにドーナツを買いにいこうか」
 一緒にメモ書きを読んでいたユキは、嬉しそうに「はい!」と頷いた。
 少し開けた窓から吹き込む風が、ユキの黒髪をさらさらとなでつける。それは草花の匂いをのせて、新しい季節の到来を予感させた。
 これから夏がきて、秋が過ぎ、冬になって、また春が訪れても、きっと未来はどこまでも続いていくんだろう。
 私はパソコンデスクの椅子に腰掛け、窓辺で風にあたって目を細めるユキの横顔を、穏やかな気持ちで眺めていた。気づいたユキが照れくさそうに微笑むので、私もつい、笑顔になってしまう。
 きみは私に幸せを運んできたんだ。ユキ、きみの名前は白雪姫の雪、そして、幸せの幸(ユキ)だった。


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